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歴史 - チェンマイの基礎知識

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まずタイの人々のルーツは、その血・文化とも、現在の中国雲南省南部・西双版納(シーサンパンナー)タイ族自治州に由来している。
その地ではタイ系民族は全て少数民族扱いであるが、現在のタイに住む少数民族の多くも西双版納に存在しており、現在のタイの文字より古い、よりオリジナルに近いタイ文字の新聞を読んで暮らしている。
つまり、その地から徐々に南下し、その内現在のタイ領に定着し、しかもいつの間にか北へ戻る道は、クメールとビルマとラオスによって塞がれてしまった、そんな感じのタイの人々である。

なお当然ながら、ソンクラン(水掛け祭り)ローカートン(灯篭流し)、タイ文字、どれも西双版納が発祥のものである。
タイ式の仏塔もそうで、西双版納の州都・景洪(ジンホン)から、南に60キロ程行ったモンロン(漢字表記不可:ロンは龍の簡体字)という街の外れに、現存する最古のタイ式仏塔が建っている。     

さて、チェンマイの建都は1296年、メンラーイ王による。
チェンマイの前の王都は、近年発掘された「ウィアンクムカーム遺跡」であったらしい。

・・・この辺の歴史に関しては、もっと詳しい資料が多数あるようなので割愛。

1つだけ、なぜチェンマイが「タイ第二の都市」と言われることがあるのかについて述べておく。
タイ北部の王朝は、クメール帝国から逃れるように成立したものの、チェンマイとその周辺の地域は、豊かな土地であったが故に、今度は西のビルマに度々侵され、一時はビルマ領とされたりもした。
しかしその後も王朝はなんとか存続し、「ランナー」と呼ばれるゆるやかな国というか地域を形作っていたが、それが後に「タイ」に吸収、というか併合された。
そしてその併合は1939年、つまり第二次世界大戦が始まった年の話であるから、歴史的には本当につい最近のことである。
こうした経緯を踏まえて、「旧ランナー」の中心都市であるチェンマイを、「タイ第二の都市」と呼ぶことがあるわけだ。

なおチェンマイという街は、世界遺産となっているスコータイ同様の長い歴史を持つ。
スコータイは、かつて人が住み、その後人が住まなくなった街。
チェンマイは、人が住み続けて現代に至った街であり、そのため近代的な建物の合間に、古い仏塔がひょっこり建っていたりする。

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